英語の感覚とは何か。学習科学でわかる「しっくりくる」の正体と育て方

英語教育・学習

英語で “make a decision”(決断する)とは言いますが、”do a decision” とは言いません。英語が得意な人にこれを聞かせると、ほんの少し顔がくもります。どこがどう違うのか、その場で説明できる人はほとんどいません。でも、なんとなくおかしい。逆に “make a decision” のほうは、理由は言えないのに、しっくりくる。この「しっくりくる」「おかしい」が一瞬でわかること。それが、ここで言う英語の感覚です。

英語の感覚とは、使えるのに説明できない知識のことです。文法用語で言い直せなくても、正しい形は「しっくりくる」、おかしい形は「おかしい」とわかることを指します。

この言葉は、多くの説明で「直感」や「英語のまま理解する力」と言いかえられますが、感覚の正体は説明できますし、育て方にも理屈があります。生まれつきのセンスの話ではありません。

英語の感覚とは何か。

英語の感覚は、文法の知識がたくさんたまった状態ではありません。そもそも種類の違う知識です。

知識と聞くと、私たちはつい「説明できること」を思い浮かべます。でも、知り方には二種類あります。哲学者の Gilbert Ryle が指摘したことです(Ryle, 1949)。一つは「内容を知ること」。もう一つは「方法を知ること」です。

自転車を思い浮かべてください。乗れる人でも、どうやってバランスを取っているかは説明できません。説明できないのに、乗れる。しかも、乗れることのほうが説明できることより下、ということもありません。順番の問題ではなく、種類の違いです。

第二言語習得の研究では、この二つを明示的知識と暗示的知識と呼び分けます。日本語の研究書でも、この呼び方が定着しています(鈴木渉・佐久間康之・寺澤孝文編, 2021)。明示的知識は、説明できる知識のことです。「decision は make と組む」と口に出して言えるなら、それがそうです。暗示的知識は、説明できない知識です。使えるのに、言葉にできないことです。

英語の感覚と呼ばれているのは、この二つめのほうです。以下では読みやすさを優先して、「説明できる知識」「説明できない知識」と書きます。

説明できる知識と説明できない知識を並べて比べた図。説明できる知識は「make と組む」と言葉にでき、意識にのぼり、テストで力を出せる。説明できない知識は理由を言えないのに「しっくりくる」とわかり、意識にのぼらず、会話でも一瞬で出てくる。後者が英語の感覚にあたる。

感覚は、説明できる知識がなくても成り立ちます

感覚を「説明できる知識の上級版」だと思っていると、英会話などで躓きます。英語が母語の人は、”make a decision” は自然、”do a decision” はおかしい、と即座に判断します。ところが、理由を説明できる人はほとんどいません。学校で習った覚えもない。説明できる知識をほとんど持たないまま、説明できない知識だけを持っているわけです。

だから感覚は、説明できる知識を積み上げた先に現れる上級ステージではありません。説明できる知識がゼロでも成り立ちます。

では、この二つは本当に別物なのでしょうか。Rod Ellis が、文法の力をはかるテストを五種類つくって確かめています。急いで答えさせるものと、じっくり考えさせるものです。急ぐほうは、制限時間つきで正誤を答える、聞いた文をその場で言い直す。じっくりのほうは、時間無制限で正誤を答える、文法用語で説明する。

成績の出方が、きれいに分かれました。急ぐテストが得意な人は、ほかの急ぐテストも得意です。ところが、その人が説明するテストも得意かというと、そうではありませんでした。そうして、説明できる知識と感覚は別の能力だということを示しました。

逆のパターンもあります。文法用語をいくらでも説明できるのに、会話になると一言目が出てこない人。説明できる知識だけがあって、説明できない知識が育っていない状態です。二つは別物なので、片方が多ければもう片方も多い、とはなりません。

大人は、説明から入って練習で速くします

では大人はどうするべきでしょうか。英語が母語の人と同じ道、つまり何千時間も浴びて説明できない知識を直接つくる道は、生活の都合で取りにくいことです。そこで大人は逆から入ります。まず説明を読んで理解する。それを使って練習します。

DeKeyser と Suzuki は、この道のりを三つの段階に分けています(DeKeyser & Suzuki, 2025)。第一段階は、ルールとして「知っている」だけの状態です。第二段階は、使えるけれど遅い状態。頭で組み立てながら、注意と努力を払って口に出すことのできる状態です。第三段階で、それが速くなり、ほとんど無意識に出てくるようになります。

練習を重ねると、反応にかかる時間も、まちがいの数も減っていきます。減り方には特徴があって、はじめは急に、あとからゆるやかになります。

大人が英語を学ぶときの三つの段階を示した図。頭で知っているだけの段階から、使えるけれど遅い段階へ、そして考えなくても出てくる段階へと進む流れ。
これは大人がよくたどる道です。しかし、英語が母語の人は、いちばん左の段階を通っていません。

テストは解けるのに、会話になると詰まる。あの状態は、一番目か二番目の途中で止まっているからです。説明できる知識はある。でも、それが速く働くところまで来ていない。足りないのは知識ではなく、練習だということです。

ただし、説明できる知識が感覚に「変わる」わけではありません

この三段階は、説明できる知識が説明できない知識に変身する過程ではありません。ここはよく誤解されます。DeKeyser と Suzuki は、その言い方をはっきり否定しています。頭の中で片方がもう片方に化けるのではない。説明できる知識をもとにした練習が、説明できない知識を育てる原因として働く。そう考えるのが正確だ、と書いています(DeKeyser & Suzuki, 2025)。

この点は、今も決着していません。Krashen は、意識して学んだ知識と自然に身についた知識は別物で、前者が後者になることはない、と考えました(Krashen, 1982)。Nick Ellis も、説明できる知識がそのまま説明できない知識に変換されることはない、と書いています。ただし、無関係でもありません。説明できる知識には、入ってくる英語のどこに注意を向けるかを決める働きがある。そうやって間接的に助ける、というのが Ellis の見方です(Ellis, N. C., 2005)。大人が最終的に身につける感覚が、英語が母語の人の持つものと同じ仕組みなのか。そこも、まだ答えが出ていません。ただ、どの立場を取っても変わらない点が一つあります。。机の上の理解だけでは、感覚は作れません。足りないものを、Krashen は大量のインプットだと言います。DeKeyser は使う練習だと言います。Nick Ellis は、注意を向けながら使うことだと言います。何を足すかは分かれますが、説明を読んで終わりでは届かない。ここは全員が同じです。したがって、英語の感覚を養うには実際に英語を使うことが欠かせません。

英語の感覚は一つではない。四つの層に分けて考える

「英語の感覚」と一口に言っても、中身は一つではありません。少なくとも四つの層に分かれます。ここを混ぜて考えると、鍛え方がぼやけます。

一つめは、音とリズムの感覚です。どこを強く読むのか、単語と単語がつながって音がどう消えるのか。二つめは、語の結びつきの感覚です。rain には heavy が付き、tea には strong が付く。三つめは、文法の感覚です。on と in と at の使い分け、a と the の呼吸、時制のイメージ。四つめは、場面の感覚です。相手や状況に合わせて、ていねいさやくだけ具合を選ぶ力です。

英語の感覚を四つの層に分けた図。音とリズム、語の結びつき、文法、場面。それぞれに例が添えられ、四つは別々に育つと書かれている。
鍛え方を考えるときは、この四つを分けて見ます。混ぜると、何を練習すべきかがぼやけます。

二つめの語の結びつき(コロケーション)については、日本人を対象にした研究があります。名古屋大学の Yamashita と、メリーランド大学の Jiang の実験です(Yamashita & Jiang, 2010)。英語の二語の組み合わせを見せて、英語として自然かどうかを答えてもらう。組み合わせは二種類用意しました。日本語に直訳しても形が合うものと、合わないものです。

日本で学んだ日本人は、形が合わない組み合わせになると、まちがいが大きく増えました。判断も遅くなりました。下のグラフは、そのまちがえた割合です。

日本語と形が同じ組み合わせと、形がちがう組み合わせで、まちがえた割合を比べた棒グラフ。日本で学んだ日本人は、形が同じなら14.3パーセント、ちがうと38.8パーセントにはね上がる。英語圏で生活してきた日本人は8.4パーセントと19.8パーセント。英語が母語の人は6.8パーセントと9.4パーセントで、ほとんど差がない。
英語が母語の人にはあまり差が出ません。学習者だけが、日本語にない組み合わせで大きくつまずきます。

目を引くのは、英語圏に住んで英語を使ってきた日本人の結果です。判断の速さでは、二種類の差がもう出ていませんでした。処理の面では、日本語の影響が薄れてきています。ところが、まちがいの数は別でした。形が合わない組み合わせで、英語が母語の人より多いまま残ったのです。Yamashita と Jiang は、こう書いています。たくさん英語に触れても、日本語と発想の違う組み合わせを覚えるのは難しいままだということになります。

四つの層は、一つの練習でまとめて伸びるわけではありません。ただ、まったく無関係でもありません。たくさん聞けば、音の感覚も、語の結びつきの感覚も育ちます。

限界があるのは、その先です。同じ章で紹介されている実験では、聞き取りの訓練を積んだ人は、処理そのものは速くなりました。ところが、話すときのまちがいは減りませんでした。聞いてわかることと、自分で言えることには、別に練習がいるということです。

共通の土台もあります。同じ説明から出発した知識が、聞く練習でも話す練習でも使われます。文法の説明を一度きちんと理解しておくと、どの層の練習でも効いてくるのは、そのためです。

それでも、「これ一つやれば全部つく」とはいきません。

なぜ日本語話者は英語の感覚がつきにくいのか

日本語を母語にする人が英語の感覚をつかみにくいのには、はっきりした理由があります。才能や努力の量だけの問題ではありません。

まず、日本語と英語では、言葉の組み立て方と発想が離れています。「濃いお茶」は英語では strong tea です。thick tea とは言いません。こういう「日本語から直訳すると外れる組み合わせ」が、英語にはたくさんあります。さっきのグラフが示していたのは、そこがちょうど感覚の崩れやすい場所だということです。英語が難しいに関しては別の記事でもっと詳しくかきました。

次に、化石化という問題があります。言語学者の Selinker が示した考え方です(Selinker, 1972)。学習者の英語がある段階で成長を止めて、正しくない形のまま固まってしまう。それを化石化と呼びます。厄介なのは、やる気のある人にも、英語に触れ続けている人にも起きることです。理由は単純で、多少おかしくても通じてしまうと、直す必要を感じなくなるからです。通じてしまうことが、かえって上達を止めます。

もう一つ、見落としやすいことがあります。ただ英語を浴びるだけでは、感覚は鈍いままだということです。Schmidt は、学習者が意識して「気づいた」ことだけが、その後の学びに取り込まれると論じました(Schmidt, 1990)。聞き流しを何時間続けても、一度も注意が向かなかった形は、素通りしていきます。量は必要です。でも、量だけでは足りません。

ネイティブの子どもと同じように学べるのか。半分は本当で、半分は誤解

「子どもは文法を習わずに感覚で覚えるのだから、大人も理屈より感覚だ」。よく聞く話です。半分は本当で、半分は誤解だと考えています。

本当のほうは、すでに書いたとおりです。子どもは、説明できる知識を持たないまま、説明できない知識を育てます。ネイティブの子どもが文法を意識しないのは事実です。でも、そのかわりに浴びている量が、大人の学習とはまるで違います。起きている時間のほとんど、何年ものあいだ、母語を聞き、まねし、使い続けています。つまり「文法なしで自然に身につく」のではありません。「桁違いの量があって、はじめて身につく」のです。ここを飛ばして「子どものように自然に」だけをまねると、量の裏づけがないまま感覚だけを期待することになります。

年齢の壁も、ないとは言えません。約67万人分のデータを分析した研究があります(Hartshorne, Tenenbaum, & Pinker, 2018)。それによると、文法を母語話者並みに身につける力は、17歳から18歳ごろまで高いまま保たれ、そのあとで下がっていきます。そして、母語話者と本当に同じレベルまで届くには、10歳ごろまでに学び始めている必要がある、とされました。大人から始めると、母語話者とそっくり同じ感覚には、なりにくい。これは受け入れておいたほうがいい事実です。しかし、母語話者(ネイティブ・スピーカー)のようになる必要は全くありません。

年齢によって届く範囲が変わることを示した図。10歳ごろまでに始めると母語話者並みの感覚まで届きうる。10歳から17・18歳ごろまでは文法を学ぶ力が高いまま保たれる。18歳ごろからはその力が下がっていくが、学ぶこと自体は十分にできる。
下がるのは「母語話者並みに届くかどうか」であって、学べるかどうかではありません。

ただし、同じ研究は別のことも示しています。ティーンや大人になってからでも、外国語を学ぶ力そのものは十分に高いままです。むしろ大人には大人の強みがあります。説明を理解して近道ができる。目的を絞れる。子どもが何千時間もかけて手さぐりで見つけるものを、大人は「decision は make と組む」と一行読んで、そこから練習に入れます。DeKeyser と Suzuki も、説明から入るこの学び方には向き不向きの年齢がある、と書いています(DeKeyser & Suzuki, 2025)。文法のような抽象的な話を理解できる年齢の人に向く、ということです。

だから目標は、子どものように学び直すことではなく、大人として感覚を作ることだと私は考えています。母語話者そっくりを目指すと、多くの人が途中で心が折れます。目指すべきは、言いたいことが自然に、詰まらずに伝わることです。そこまでなら、大人からでも十分に届きます。お子さんの場合の年齢別の目安は、下のよくある質問にまとめました。

英語の感覚を養う方法

感覚は「センスのある人」だけのものではありません。練習で作れます。ただ、四つの層が横一列に並んでいるわけでもありません。土台になるのは、音です。

英語(手話以外の言語)は、まず音でできています。文字は、あとから作られた記号です。そして大人の学習者は、母語(日本じなら日本語)の音のカテゴリーを通して外国語の音を聞きます(Van Leussen & Escudero, 2015)。聞き分けにくい音があると、その音だけで違う単語も聞き分けにくくなります。日本語話者にとっての rocket と locket が、その例です。音の曖昧さは、語のレベルまで持ち上がってきます。

だから、聞き取りに不安があるなら、まずそこからだと私は考えています。そのうえで、いま一番困っている層を選んでください。

四つの層と練習の対応を示した図。音とリズムにはシャドーイングと音読、語の結びつきには気づきながらの多読多聴、文法には説明を読んでから使う練習、場面には実際のやりとりで試すことが対応している
全部を同時に進める必要はありません。いま詰まっている一つを選べば十分です。

大量に、しかし気づきながらインプットする

感覚の土台は、同じ形に何度も出会うことです。rain に heavy が付くのを何十回も見て、耳にして、はじめて「そういうものだ」と体になじみます。ただし、さっきの Schmidt の話のとおり、気づかずに素通りした形は入りません。だから、多読多聴のときに、一瞬だけ立ち止まる癖をつけます。「この動詞は、この名詞と来るのか」と気づく。そこで気づけるかどうかが、聞き流しと学びの分かれ目です。

Nick Ellis の見方に沿って言えば、説明できる知識がここで果たす仕事は、答えを教えることではありません。入ってくる英語のどこを見るかを決めることです(Ellis, N. C., 2005)。語と語の結びつきをどう増やしていくかは、英単語の記事でも別の角度から書いています。

シャドーイングで音とリズムの感覚を作る

音とリズムの感覚は、音の練習でしか育ちません。読んで理解するだけでは、強弱やつながりは体に入らない。聞こえた英語を、少し遅れて影のように追いかけて声に出す。それがシャドーイングです。この層をねらい撃ちする練習になります。やり方には手順とコツがあるので、シャドーイングの記事にまとめました。

アウトプットで自分の穴に気づく

聞く、読むだけでは起きないことが、話したり書いたりすると起きます。Swain は、出すことに三つの働きがあると論じました(Swain & Lapkin, 1995)。言いたいのに言えない、と自分の穴に気づく働き。「たぶんこう言うはずだ」と試して、相手の反応で答え合わせをする働き。そして、自分の英語について考える働きです。

読んでいるだけでは気づかない穴が、口に出そうとしたとたんに見えてきます。この役割については、アウトプットの記事で詳しく扱っています。

負荷を設計して繰り返す

速くなるのは、ちょうどよい負荷のかかった繰り返しからです。すでに楽にできることを何度なぞっても、速さはある程度で頭打ちになります。少しだけ難しいことに、狙いを決めて取り組む。結果を確かめて直す。この設計された練習が、感覚を固めていく本体です。単なる反復との違いは、デリバレート・プラクティスの記事を土台にしてください。

時間がかかることを受け入れて、続ける

最後は、身も蓋もない話です。速くなるのには時間がかかります。伸びの曲線は、はじめこそ急ですが、途中から必ずゆるやかになります。そのゆるやかな区間で、多くの人がやめます。感覚は数週間で完成するものではない、と最初に知っておくだけで、その区間の耐え方が変わります。感覚づくりは才能の問題ではないぶん、続けた人はちゃんと身につきます。

よくある質問

英語の感覚と「英語脳」は同じものですか。

重なりますが、同じではありません。「英語脳」は、日本語に訳さず英語のまま理解する状態を指す言葉として、広く使われています。ただ、学術用語ではありません。指す中身が人によってばらばらです。この記事の「感覚」は、その中身を「説明できないまま働く知識(暗示的知識)」として言い直したものだと考えてください。気をつけたいのは、この言葉の響きです。特別な回路が突然開くように聞こえます。でも実際に起きているのは、地道な練習で反応が速くなっていくこと、それだけです。切り替えスイッチはありません。

大人になってからでは遅いですか。

母語話者とまったく同じ感覚を目指すなら、不利です。文法を母語話者並みに身につける力は10代後半から下がると、大規模な研究が示しています(Hartshorne, Tenenbaum, & Pinker, 2018)。ただ、同じ研究で、大人でも外国語を学ぶ力そのものは十分に高いことも確認されています。大人は説明を理解して近道でき、目的も絞れます。「母語話者になる」ではなく「自然に通じる」を目標に置き直せば、大人からでも感覚は作れます。遅い、ではなく、目標を現実に合わせる。そのほうが正確な言い方です。

どのくらいで身につきますか。

時間はかかります。速くなり方は、練習の初めが急で、そのあとゆっくりになる曲線をたどります(DeKeyser & Suzuki, 2025)。始めてすぐの手ごたえは本物です。ただ、そのペースのまま最後まで進むわけではありません。だから、数週間ではなく月単位で見るのが現実的です。伸びを感じにくい区間に入っても、正しく続けているかぎり、止まってはいません。

子どもにはどう教えればいいですか。

年齢で見通しが変わります。母語話者並みの感覚まで届くのは、おおむね10歳ごろまでに始めた場合に限られます。大規模な研究がそう示しています(Hartshorne, Tenenbaum, & Pinker, 2018)。ただしこれは「早く始めれば自動的に届く」という意味ではなく、触れる量が前提です。未就学から小学校低学年なら、正しさを細かく問うより、たくさん聞いて、まねして口に出すことを中心に置くと合っています。小学校高学年以降は、簡単な文法の説明もわかるようになるので、感覚と理屈の両方を使えます。焦って完璧を求めるより、英語を嫌いにさせないことのほうが、長い目で見ればずっと効きます。

文法は勉強しなくていいのですか。

いいえ、必要です。ただし、文法の知識がそのまま感覚に化けるわけではありません。二つは別の種類の知識です。文法の説明は、感覚を育てる練習の足がかりとして働きます(DeKeyser & Suzuki, 2025)。大人の場合、説明を先に理解しておいたほうが、そのあとの練習の効率が上がります。理屈を捨てるのではなく、理屈を手がかりにして使う練習を積む。この順番だと考えてください。

参考文献

DeKeyser, R. M., & Suzuki, Y. (2025). Skill acquisition theory. In B. VanPatten, G. D. Keating, & S. Wulff (Eds.), Theories in second language acquisition: An introduction (4th ed., pp. 157–182). Routledge.

Ellis, N. C. (2005). At the interface: Dynamic interactions of explicit and implicit language knowledge. Studies in Second Language Acquisition, 27(2), 305–352.

Ellis, R. (2005). Measuring implicit and explicit knowledge of a second language: A psychometric study. Studies in Second Language Acquisition, 27(2), 141–172.

Hartshorne, J. K., Tenenbaum, J. B., & Pinker, S. (2018). A critical period for second language acquisition: Evidence from 2/3 million English speakers. Cognition, 177, 263–277.

Krashen, S. D. (1982). Principles and practice in second language acquisition. Pergamon.

Ryle, G. (1949). The concept of mind. Hutchinson.(坂本百大・井上治子・服部裕幸訳『心の概念』みすず書房)

Schmidt, R. (1990). The role of consciousness in second language learning. Applied Linguistics, 11(2), 129–158.

Selinker, L. (1972). Interlanguage. International Review of Applied Linguistics, 10(3), 209–231.

Swain, M., & Lapkin, S. (1995). Problems in output and the cognitive processes they generate: A step towards second language learning. Applied Linguistics, 16(3), 371–391.

Van Leussen, J.-W., & Escudero, P. (2015). Learning to perceive and recognize a second language: The L2LP model revised. Frontiers in Psychology, 6, 1000.

Yamashita, J., & Jiang, N. (2010). L1 influence on the acquisition of L2 collocations: Japanese ESL users and EFL learners acquiring English collocations. TESOL Quarterly, 44(4), 647–668.

鈴木渉・佐久間康之・寺澤孝文(編)(2021).『外国語学習での暗示的・明示的知識の役割とは何か』大修館書店.