英語の聞き流しに効果はない? 聞き流しに期待できないこと
通勤電車で英語の音声を流しはじめて、半年が過ぎました。イヤホンからは今日も英語が流れています。それなのに、街で急に英語を振られたとき、口から出てきたのは “Yes… yes.” だけでした。
聞き流しを続けた人の多くが、どこかでこの瞬間に出会います。時間はかけた。触れた量も少なくない。でも、うまく聞けない、話せるようにはなっていない。
聞き流しとは、音声に注意を向けずに英語を流す学習法のことです。「聞き流すだけで話せるようになる」という宣伝文句を裏づける研究は、見つかりません。リスニングそのものは英語習得の中心にあります。ただ、効果が出るには条件があって、聞き流しはその条件を、いくつも外しています。
先に立場を明かしておきます。私たちは英語を教えている側なので、この話には利害があります。だからこそ、聞き流しが効く範囲も、効かない理由も、どちらも正直に書きます。
英語の聞き流しに、効果はありますか
音に慣れるという意味では、まったくのゼロではありません。ただし、「話せるようになる」効果は期待できない、というのが研究から言えることです。
この二つは分けて考える必要があります。英語の音のリズムや切れ目に耳が慣れる、という変化は、注意を向けていない状態でも、わずかには起きます。人間の脳は、繰り返される音のパターンを、意識しないまま拾っていく力を持っているからです。ですから「聞き流しは百害あって一利なし」とまでは言えません。
しかし、その「音に慣れる」ことと、「英語を理解して話せるようになる」ことのあいだに、大きな隔たりがあります。聞き流しで音に慣れたとしても、聞き分けや会話ができるようになるわけではありません。

なぜ聞き流しでは身につかないのか
関門は二つです。言葉を理解できているか。そこに注意が向いているか。聞き流しは一つ目でつまずきやすく、二つ目は「ながら」でやると決めた時点で失われています。
理解できない音は、素通りする
まず、意味の分からない音は、いくら流しても頭に残りません。これは感覚の話ではなく、数字で確かめられています。
フーとネイションは、文章を読むとき、単語をどれだけ知っていれば内容を理解できるかを調べました(Hu & Nation, 2000)。単語の90%を知っている状態でも、内容を十分に理解できた人はごく少数。95%でも、まだ少数派です。ほとんどの人が理解に届いたのは98%でした。つまり50語に1語しか知らない単語がない、という水準です。
ネイションの別の研究(Nation, 2006)によれば、話し言葉で98%をカバーするには6,000〜7,000語族の語彙が必要です。BGMのように英語を流している段階の人が、この水準に達していることは、まずありません。しかも音声は、文章と違って戻り読みができません。95%の理解度、つまり20語に1語わからない状態で聞くと、毎分150語ほど流れる普通の会話では、1分間におよそ7語、知らない単語が通過していく計算になります。立ち止まって調べる暇もなく、次の7語が来ます。
読解から出た98%を、そのまま音声(聞き取り)に応用したくなります。長いあいだ、実際にそう扱われてきました。ですが、その応用が妥当かを直接調べた研究があります。ファン・ゼーラントとシュミットは、会話調の音声を知っている単語の90%・95%・98%・100%に作り分けて聞かせました(van Zeeland & Schmitt, 2013)。90%でも大半の人が内容を理解でき、90%と95%のあいだに統計的な差は出ていません。聞くほうが、読むより低い理解率で成立しすると言った結果です。聞き流しが効かない理由は、聞き流しの教材が、95%の理解にも届いていないことです。話し言葉の98%をカバーするには6,000〜7,000語族が要りますが(Nation, 2006)、95%なら3,000語くらいで足ります。それでも、BGMのように英語を流している段階の人が、生の海外ニュースやドラマの9割を知っている、ということはまずありません。
実は、英語を教える側は、この問題を昔から知っています。教室で聞かせる音声を教師が選び、短く区切り、使う語彙の範囲をわざと狭くするのは、そのためです。教材を絞ることで、理解度を「わかる」の水準まで人工的に引き上げている。教師の仕事の一部は、関門を、学習者が越えられる高さまで下げてやることです。聞き流し教材の多くは、その逆をやっています。範囲も長さも語彙も絞らないまま、大量に流す。教室で私たちが手間をかけて避けていることを、そのまま売り物にしている形です。
この98%という数字は、66人の大学生を対象にしたモデルから出たものです。近年、スリランカの成人学習者104人を対象に、事前登録つきの追試が行われました。欧米の大学生とは条件の異なる集団で試したところ、元の結果は、そのままの形では再現されませんでした(Kremmel, Indrarathne, Kormos, & Suzuki, 2023)。数字そのものは今も議論の途中です。ただ、「理解度が低いほど、聞いても内容が入ってこない」という方向は、どの研究も一致しています。聞き流しにとって都合が悪いのは、この一致のほうです。

注意が向いていない音は、記憶に残らない
二つ目の理由は、注意です。耳に届いた音のうち、学習の材料になるのは、意識して気づいた部分だけだ、という考え方があります。
input と intake を分ける見方は、第二言語習得の研究では古くからあります。ハワイ大学のリチャード・シュミットは、その取り込みが起きる条件を、学習者がその部分に気づいたかどうかに求めました(Schmidt, 1990)。
皿を洗いながら、車を運転しながら、通勤電車でぼんやりと。聞き流しの典型的な場面は、どれも注意が別の作業に向いている状態です。気づきが最も起きにくい条件で音を流している、と言い換えてもいい。
ただし、この気づき仮説にも批判はあります。意識的な気づきがなくても、脳は音の並びにある統計的な規則性を拾える、という証拠もあるからです。大人を対象にした実験でも、別の作業をしながら流された人工言語から、単語の切れ目を学習できたという報告があります(Saffran et al., 1997)。ですから「注意しなければ効果はゼロ」とまでは言い切れません。冒頭で「音に慣れる効果はある」と書いたのは、この部分を指しています。それでも、大人がBGMのように英語を流している状態から、質の高い学習が生まれると考えるのは、無理があります。
「ながら」だから効かない
聞き流しは、そもそも「ながら」でやることを前提にした方法です。
ヴァンパテンの実験が、ここに関わります(Van Patten, 1990)。
スペイン語の学習者に音声を聞かせ、(1)内容だけに注意を向ける、(2)内容と特定の単語に注意を向ける、(3)内容と文法の形に注意を向ける、(4)内容と動詞の語尾に注意を向ける、との条件を分けました。すると、(3)を処理しようとしたときに、内容の記憶が最も悪くなりました。とくに初級者で、この傾向が強く出ました。一度に処理できる量には限りがあって、意味を取ることに手一杯になると、文の形にまで注意が回らない。ヴァンパテンは、学習者はまず意味を優先して処理する、と考えました。
この実験については、条件を変えた追試で同じ差が再現されなかった、という報告もあります。研究者のあいだでも、決着はついていません。それでも、この実験が示す方向ははっきりしています。音声に全神経を向けていてさえ、意味と形を同時にさばくのは難しいことです。聞き流しは、その貴重な注意そのものを、他の作業に使います。
「聞き流すだけ」の教材は、信用できますか
結論から言えば、「聞き流すだけで話せる」と書かれた教材の宣伝は、その言葉どおりには受け取らないほうがいい、というのが研究から言えることです。ただし、これは「すべての聞き流し系教材が詐欺だ」という話ではありません。区別が要ります。
象徴的な出来事があります。「聞き流すだけ」という言葉で一大ブームを作ったスピードラーニングは、1989年に始まり、定額制で英語CDが届く仕組みでした。販売元のエスプリラインは、CD版の販売を2021年4月に終え、同年8月末で全商品・全サービスの販売を終了しています。音声はその後オーディオブック配信で聴けるようになり、CDのセットは別の会社が扱っています。事業が終わったこと自体は、教材の効果を否定する証拠にはなりません。
言語脳科学者の酒井邦嘉・東京大学教授も、こうした教材を公に批判しています。ただ、批判の中身が正確なので、そのまま紹介します。酒井教授が否定しているのは、聞くこと自体ではありません。むしろ、音を聞くことは語学の習得にとても効果的だ、と述べたうえで、大事なのは、覚えてしまうまで同じものを繰り返し聞くことだと言います。次々に新しい教材へ移っていく使い方や、実力に合わない海外ニュースをシャワーのように浴びる聞き方では、効果は薄い、と。否定されているのは「聞くこと」ではなく「流しっぱなしにすること」なのです。
耳だけを使う練習で、効くものはあるのですか
あります。そして、その中身を見ると、聞き流しに何がないかが見えてきます。代表例が、ミニマルペアを使った音の聞き分け練習です。
ミニマルペアとは、lead と read のように、一つの音だけが違う単語の組のことです。日本語話者にとって最難関の /l/ と /r/ を、この方法で練習した有名な実験があります(Logan, Lively & Pisoni, 1991)。日本人の参加者に、複数の話者が発音した単語を次々に聞かせて、聞こえたのはどちらかを毎回、二択で答えさせ、その場で正解を伝えました。練習の結果、聞き分けの正答率は78.1%から85.9%に上がりました。続く研究では、この「聞くだけ」の練習の効果が、発音の練習を一切していないのに発音のほうにも表れたという報告があり(Bradlow et al., 1997)、半年後まで効果が残っていたという追跡もあります(Bradlow et al., 1999)。発音への波及については結果の割れる研究もあるので、確立した法則とまでは言えません。それでも、耳から入る練習が知覚を変えること自体は、この分野で最も裏づけの厚い結果の一つです。
ここで練習の中身を思い出してください。毎回、答えを出させる。その場で答え合わせをする。注意を逸らす余地を与えない。聞き流しと同じ「耳だけ」の練習なのに、条件が正反対です。効かないのは聞くことではなく、判断も答え合わせもない聞き方なのだ、ということが、ここからも見えてきます。
ついでに言えば、この練習は、シャドーイングが直接的に直せない音素レベルの聞き分けを担当します。シャドーイングは文のリズムと、音声処理の自動化を鍛えます。個々の音の弁別はミニマルペアで、文レベルのリスニングはシャドーイングが適切です。
では、リスニングはどう使えばいいのか
聞くことを捨てる必要はありません。むしろ逆です。効果が出るための条件を戻してやれば、リスニングは強力な武器になります。要は、二つの関門を、一つずつ越えられる形に組み直すことです。
酒井教授の「覚えるまで同じものを繰り返す」は、そのままシャドーイングにつながります。同じ短い音声を、注意を向けて、口で再現しながら、崩れが直るまで繰り返す。これは「ながら」の対極にある聞き方です。
シャドーイングの記事で「9割わかるもの」を勧めているのは、この90%です。読解の98%と数字が違うのは、読むのと聞くのとで関門の高さが違うからでした。ただ、始める前にスクリプトで意味を確かめておくのは、理解の水準を満たすためというより、意味の処理に注意を取られず、音に集中できるようにするためです。
注意を向けて負荷をかける、という発想は、デリバレート・プラクティス(限界的練習)そのものです。ただ流すだけの練習は、その枠組みでは「単純な反復」に分類されます。上達が速いのは、目的を決めて、集中して、結果を確かめて直す練習のほうです。
理解の関門を越えるには、聞く前に土台の語彙が要ります。まず、自分が9割わかるリスニング教材を選ぶことなら、今日から始められます。
手順は、四つです。(1)スクリプトのある短い音声を選ぶ。(2)文字で意味を確認して、知らない単語を先に覚える。(3)注意を向けて聞き、口に出して再現する。この際、自分の声を録音する。(4)最後にスクリプトと自分の録音を比べて、間違いを直す。間違いの気づきが、次に何を聞くべきかを教えてくれます。答え合わせまでが、リスニングです。

よくある質問
寝ながら英語を聞くのは効果がありますか
話せるようになる効果は、期待できません。睡眠中は、起きているとき以上に注意を向けられない状態です。この記事で挙げた「注意の関門」を、最も越えにくい条件だと言えます。眠りながら英語を浴びれば身につく、という主張には、それを裏づける研究が見当たりません。
どのくらいの期間、続ければ効果が出ますか
期間の問題ではありません。効果が出るための条件(理解できる・注意を向ける)を満たしていない練習は、半年を一年に伸ばしても、同じ場所で躓きます。分量を聞かれれば、1日10分で足ります。ただしその10分は、答え合わせまで含めて10分です。まず教材のレベルと聞き方を変えてください。
子どもへの「かけ流し」はどうですか
よく引用されるのが、パトリシア・クールらの実験です(Kuhl, Tsao & Liu, 2003)。生後9か月のアメリカの赤ちゃんに中国語を聞かせたところ、生身の話し手と交流したグループは中国語特有の音を聞き分けられるようになりました。ところが、同じ話し手・同じ内容を録画で見せたグループと、音声だけを流したグループは、まったく学習しませんでした。その子たちの成績は、中国語を一度も聞いていない対照群と変わりませんでした。かけ流しの効果は、この実験では確認されなかったわけです。
乳幼児では、一緒に見て、指をさして、声をかける大人の存在が、音声そのものより効いていた、という点は覚えておく価値があります。就学後の子どもについては、聞き流し単独ではなく、意味のわか教材を、やりとりの中で使うほうが確かです。
「英語耳」は聞き流しで作れますか
音のリズムや切れ目に慣れる、という限定的な意味でなら、多少は近づくかもしれませんが、「聞き取れる」ことと「意味がわかる」ことは別です。英語耳という言葉が「英語が自然にわかる耳」を指すのであれば、そこには語彙と、注意を向けた練習が要ります。聞き流しだけで到達できる場所ではありません。個々の音の聞き分けを鍛えたいなら、本文で紹介したミニマルペア(+シャドーイング)のように、毎回答えを出して答え合わせをする形の練習が向いています。
聞き流しは、完全に無駄なのですか
完全に無駄とは言い切れません。ただ、遠回りではあります。すでに一度きちんと理解し、口に出して練習した素材を、記憶を保つために聞き流す、という使い方には意味があるかもしれません。最初の一歩を聞き流しに任せようとすると、うまくいかないでしょう。
参考文献
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- Bradlow, A. R., Akahane-Yamada, R., Pisoni, D. B., & Tohkura, Y. (1999). Training Japanese listeners to identify English /r/ and /l/: Long-term retention of learning in perception and production. Attention, Perception, & Psychophysics, 61(5), 977–985.
- Hu, M., & Nation, I. S. P. (2000). Unknown vocabulary density and reading comprehension. Reading in a Foreign Language, 13(1), 403–430.
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- Van Patten, B. (1990). Attending to form and content in the input: An experiment in consciousness. Studies in Second Language Acquisition, 12(3), 287–301.
- van Zeeland, H., & Schmitt, N. (2013). Lexical coverage in L1 and L2 listening comprehension: The same or different from reading comprehension? Applied Linguistics, 34(4), 457–479. https://doi.org/10.1093/applin/ams074
- 酒井邦嘉(談)「『聞き流すだけ』の英語教材で上達しない理由」ダイヤモンド・オンライン, 2023年3月26日.